雑華院

優れた庭園や建築物を有する非公開寺院も多い

妙心寺の47の塔頭で一般に公開されているのは、本坊のほか退蔵院、桂春院、大心院だけです。しかし大刹那にふさわしく、塔頭寺院の非公開寺院の中にも優れた建築物や庭園を有するものが多いのです。

千利休の高弟利貞が建立した雑華院

妙心寺の方丈の北側にある雑華院(ざつけいん)もその一つです。天正11(1583)年に千利休の高弟の1人、牧村利貞が建立しました。方丈庭園は日蓮宗の僧玉淵(ぎょくしん)の作庭になると伝えられています。

玉淵は石立僧として著名で、寛永年間に活躍しました。小堀遠州とも関係が深く、寺宝には二条昭実夫人像と大野治長夫人像があり、龍安寺の細川昭元夫人像を加えて三名幅といわれています。

玉鳳院(たまほういん)は、妙心寺の開山堂で花園上皇の創建です。花園上皇が妙心寺創建の時、傍らに一院を設け、禅宮としたことから花園御殿とも呼ばれ、唐門は寛文年間に淀屋辰五郎が寄進したと伝えられています。境内の東側にある微笑庵は延文5(1360)年に関山彗玄(けいげん=無想大師)入寂の時に建てられ、彗玄の像が安置されています。

北東隅には武田信玄、勝頼父子や織田信長の石塔の廟があります。東海庵は、妙心寺法堂の裏側にあり、いわゆる妙心寺4派の一つです。文明16(1484)年、宝利貞尼が悟渓和尚を請じて建立しました。悟渓和尚は尾張の人、雪江門下の僧で、東海派を樹立しました。東海庵書院の庭は、妙心寺末海蔵寺の住職東睦(とうぼく)和尚が作庭しました。

この庭は江戸末期に作られましたが、設計図が現存していて、3つの築山は三神仙島と記され、「東海一連の庭」と称されています。方丈前庭は「白露地の庭」と呼ばれ、禅院の無一物の意を表した庭だとされています。寺宝には狩野元信筆の水墨画、絹元着色の十六羅漢像十六福があります。

東映が撮影所の一角にオープンした時代劇の撮影所

時代劇の撮影所として有名な東映太秦(うずまさ)映画村は、妙心寺から少し離れたところにあります。昭和50年、斜陽化した日本映画を守ろうと東映が撮影所の一角にオープンしたのが始まりです。

村内には、江戸の町並み、屋敷町、吉原など時代劇用のオープンセットがあります。また、日本映画の歴史を飾る作品の名場面をレーザーディスクで自由に鑑賞できる「名作ミニ映画劇場」もあります。

一味違う映画の魅力を体験できるのがパディオスと呼ばれる3階建ての全天候型大型施設です。SFX映画の主人公を体験できる「SFXバーチャル特撮スタジオ」や、映像と音楽に連動して座席が動く「ライビー動く映画館」などの最新の映像技術の世界が楽しめます。

弥勒菩薩がある最古の寺「広隆寺」

東映太秦映画村に押されて目立たなくなってしまいましたが、忘れてはならないのが国宝第1号指定の弥勒菩薩の寺の広隆寺(こうりゅうじ)です。推古11(603)年、この地を治めていた豪族・秦河勝が聖徳太子の命を受けて建立した古刹で、京都最古の寺です。

講堂は柱が朱塗りであるところから赤堂の名で親しまれていて、阿弥陀如来坐像(国宝)、地蔵菩薩坐像、虚空蔵菩薩坐像の古仏が安置されています。また霊宝殿には、本尊で国宝第1号にもなった宝冠弥勒菩薩半跏(はんか)思惟像と宝髻(ほうけい)弥勒菩薩半跏思惟像(ともに国宝)が安置されています。

霊宝殿には、このほか藤原時代の木像十二神将像(国宝)があり、作者は定朝の弟子で円派の祖となった長勢で、頭上に十二支の動物が彫られています。境内の西には八角円堂の桂宮院があります。広隆寺奥院とも称され、聖徳太子が住んだとする伝承が残っています。

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